CAREER STORY #米野潤一

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今の時代、ハードウェアのイノベーションに
携われるチャンスは、滅多にない

米野 潤一 エアモビリティ事業部 電装システム開発チーム チームリーダー
福井大学工学部卒業。1985年松下電器産業株式会社に入社しPC用ディスク型記録装置、AV用ディスク型記録装置、Blu-rayレコーダーなどの要素開発~商品化に23年間従事。 その後AV用SoC開発、SoCカスタマ技術サポート、ネットワーク接続検証などに10年間従事。 2017年に株式会社MTGに入社し健康器具の新商品開発に従事。 2019年株式会社SkyDriveに入社。

コックピット部の操縦サポート開発は、操縦者の安全性を担保するための重要なミッション

− 現在どのような業務をしていますか?
主に、電装システム開発の統括をしており、コックピット部の電装システム開発、飛行実験時の機体状態を示す各種センサーからの情報取得、解析、表示の開発を行っています。

具体的には、コックピット部の操縦席にある、操縦桿、地図、ナビゲーション等の操縦サポート開発がミッションです。例えば、操縦者に危険を知らせるアラーム機能、具体的にはバッテリーの状態、高度系、飛行状態などのデータ収集をしパイロットに告知して飛行コースの変更を促すようにする事です。様々なデータを収集し表示できればよいですが、いろいろなセンサーや処理回路をつけて機体が重くなったりバッテリーを消耗したりするのは飛行性能的に良くないので安全性を担保するために必要最低限の機能を見極めることが重要です。まだ実用化されていないものをゼロから作るわけですが、部品から仕様から何から何まで我々の中で案出し、部品探し、パートナー探しをして仕様を決め、さらに国土交通省と最終合意するまでのプロセスも重要になります。

チーム外の業務としては、機体の安全性試験、信頼性試験の方法、求められるゴールなどを国交省と調整したり、飛行実験中に発生した電気系の不具合、たとえばインバーターというモーターを回す回路の不具合解析をするなど、電装系の仕事であれば、あちらこちらから呼ばれて都度相談に乗ったり、対応することもルーティーンワークです。

− 1日のスケジュールを教えてください。
まずは、1日の始まりは、緊急案件を対応です。昨日は「新しいモーターが納品されたので、試しに動かして欲しい」という依頼の対応。高度計センサーについての打ち合わせ。コックピットのディスプレイのメーカーとのMTG、最新機体を設計するにあたり、航空法に基づいた機体レギュレーションの資料を読み込むなどしました。時間があれば、ドローンの飛行テストと調整で勉強もしています。守備範囲は広いと思います。

− メンバーとのMTG時間がないようですが。
メンバーは同じ部屋におり、必要な時に会話できるため、MTGの時間を持つ必要がありません。私自身、MTGは少ないほうがいいと考えているので、この状態がベストです。

− 他部署の方々とのコミュニケーションはどうしていますか?
私とメンバーといる部屋は「米野ラボ」と呼ばれていて「この部屋は落ち着く」と他の部署の人も集まってきます。お菓子などが潤沢にあるからかもしれませんが(笑)15時には「もぐもぐタイム」といって、なんとなくみんなが集まってコミュニケーションをとる場になっています。こういったリラックスできる環境からアイデアが生まれたり、仕事が潤滑に動いたりするものです。

DVD、Blu-rayレコーダなど、世界初の開発を次々と行ったパナソニック時代

− 今までのキャリアについて教えてください。
大卒後、1985年にパナソニックに入社し、技術職で32年のキャリアを積みました。

まず、(無線)研究所の制御部署でコンピュータ用ディスク型記録媒体(フロッピー、光磁気ディスク)を担当しました。コンピュータの扱うデータ量が増えてきてアクセスが早く大容量の記録媒体が求められた時代なので大容量化、高速アクセス化、小型化を目指していました。
しかし残念ながら開発の新聞発表止まりで商品化することはありませんでした。

入社から7年目にDVDのタスクフォース(規格開発)にアサインされました。当時100人超えるのは珍しいくらいのビッグプロジェクト。ディスク型記録メディアとして、映像を記録するのはこれが史上初めて。ディスク型映像記録メディアの幕開けでした。(音楽の方はCDがありましたが)
本当に大変でした。当時はテープ全盛時代で映像もまだアナログ放送。DVDの規格も最初はROM規格(再生オンリー)だけでした。テープ開発の人から認めてもらうのが本当に大変でした。これは、ディスクの記録の経験があったからできたことです。ちなみに、パナソニックのDVDに初めて映像を記録する装置の開発を担当させてもらい、最初に入れた映画はジュラシックパークでした。再生できた時はめちゃくちゃ感動しましたね。

次のプロジェクトは、この経験を活かしてハードディスクに映像を記録する装置(いわゆるハードディスクレコーダ)を開発する仕事に従事。更にこのデジタルの記録開発の経験活きて、98年、Blu-rayレコーダを早急に商品化せよ、と社長命令が下りそのタスクフォースに呼ばれました。BDは当初パナソニック&ソニー連合vs東芝という規格争いがあリました。日程優先という条件で商品のアーキテクチャーコンペを実施したところ、私のアーキテクチャーがコンペで採用され、研究所畑の私が、商品化まで担当させてもらえることになりました。とりあえず試作機を作り、1〜2年かけての商品化。メンバーも3、4人から200人規模になり、発売から4年後に黒字化することができました。規格開発だけではなく商品化まで関わり、業務の幅が広がりました。後々、他社も私が発案したアーキテクトを真似するようになったことが、嬉しかったです。

その後、新規性の高い様々なプロジェクトに参画し、2017年に退職しました。

− 世界初の開発に携わった経験がたくさんありそうですね。
研究所時代は特許、新聞発表、論文発表がゴールみたいなところがあって、これらを行うにはやはり世界初の看板をたてなければいけませんでした。
もっとも印象に残っているのがディジタル放送をPCに記録するシステムを世界最初につくりました。IEEEの論文にも載ってます。
当時のPCはWindows95が全盛時代ですが、リアルタイムOSじゃないOSで連続で流れてくる放送をリアルタイムで処理させる方法が全くわからなかったです。OSなんか触ったことなかったですから。
上司がシアトルのマイクロソフト本社に行っても解決策が提示されずに試行錯誤の連続でした。
WindowsPCはマウスやキーボードの入力が最優先でその優先順位をひっくり返してデジタル放送処理を受け付けるようにしたら、全くPCが動かなかったり...(笑)

今の時代、ハードウェアのイノベーションに携われるチャンスは滅多にない

− 入社のきっかけについて教えてください。
パナソニック時代からシリコンバレーのベンチャーと仕事をする機会が何度もありましたが、場所と会社の雰囲気がとてもよくベンチャーで仕事したいな、という思いはなんとなくありました。

割と若いときからひとつの専門分野のスペシャリストでなく広く技術をみられるゼネラリストを目指していました。理由は飽き性なのと1つの分野が未来永劫反映する産業はないと思っていたからです。

電気で言えばシステムを入力、処理、記憶、出力のブロックで分けるとそれぞれに関わってみたいな、という感じでした。処理=マイコン設計/デコーダ、記憶=ディスク型記録媒体、出力=テレビとやってきて、今までで入力=センサー類だけやってなかったので加速度センサ、ジャイロなどセンサーの塊のドローンは興味深かったです。

− SkyDriveで成し遂げたいことはありますか?
老若男女、誰でも操縦できる機体を作りたいです。

候補者の方へ メッセージ

− どんな人がSkyDriveに向いていると思いますか?
現場に入って手を動かせる人がいいですね。仕事(事件)は現場で起きている、という感じですね(笑)
自分で特化した分野を持っていることは素晴らしいですが、何でもやる気持ちがあり、仕事の課題出しができて自ら動ける人の方が様々な仕事ができて面白いと思います。
あとは、個性溢れる、様々なバックボーンを持った人が多いですから、好奇心を持ってコミュニケーションを取れる人はすぐに馴染めると思います。

− 最後に一言
今の時代、クラウドファンディング等で起業しやすい環境はありますが、ソフトウェア寄りの企業が圧倒的に多く、ハードウェアのベンチャーはなかなかないと思います。ハードウェア好きな方で、0→1の開発をやりたいという方には、SkyDriveはたまらなく面白く、とてもいい環境だと思います。お待ちしています。

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